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サッカーの歴史は、イギリスから始まったのか?3つの有力説!

 2016/07/21 ヒストリー この記事は約 13 分で読めます。

サッカーの始まりはどこなのだろうか?そんな疑問を持ったこともあるのではないだろうか。イギリス(イングランド)だと聞いたことがあるが、果たしてそれは本当なのだろうか?

今回は、そんなサッカーの始まりや起源について、いくつかの説を挙げながら紹介したい。

代表的なイギリス説、カルチョの国イタリア説、そして、足球(ズーチュウ)の中国説、が主な説だ。1つずつサッカーの歴史を紐解きながら、歴史に迫ってみたい。(※本文中では、フットボールのことを基本的にサッカーと表記する)

 

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最も有力なイギリス説

1863年が近代サッカー誕生の年

最も有名な説としては、イギリス(イングランド)だと言われている。

イングランドは「サッカーの母国」である、というのは有名なのは周知の事実だろう。中でも、その近代サッカーの始まりは、1863年と言われている。

イートン校やハロー校を中心としたパブリックスクールの卒業生たちが、ロンドンの「フリーメイソンズ・タバーン」というパブに集まった。

それまで明確なルールがなかった、単に暴力的なボールゲームに、「手を使うことを禁止しよう」、「相手のすねを蹴ることを禁止しよう」といった共通ルールを決めようとした。

その際に、「統一したルールでやりましょう」という共通ルールの取り決めと、協会を設立した。

それが、いわゆるFA(Football Association)と呼ばれるサッカー協会を作り、手を使うことを禁止するサッカーの様式を、FA式フットボールと呼ぶことにした。

しかし、このFA式では、手を使うことができないことに難色を示したラグビー校は、FAには参加せずに、自分たちの独自のルールでボールゲームを続けた。

後に、独自にラグビー協会を作り、サッカーとラグビーという2つの球技に分かれていく分岐点となった。

ちなみに、イングランドではではサッカーのことをフットボールと呼んでいるが、そのあたりはサッカーとフットボールの呼び方に違いがあるのはなぜ!?に詳しく書いたので、これを知っていると1つうんちく話ができるだろう。是非、読んで頂きたい。

世界最古のサッカークラブ、シェフィールドFC

近代サッカーの誕生が、1863年だとしたら、実はそれよりも前に創設されたサッカークラブがある。

1857年に誕生し、2007年に創設150年を迎えた世界最古のクラブ、シェフィールドFC(Sheffield Football Club)だ。

イングランドのサウス・ヨークシャーのシェフィールドを本拠地としている。

Sheffield FC, the oldest football club in the world, was founded 150 years ago, on 24 October 1857, and FIFA President Joseph S. Blatter made the trip to the northern English city to mark the occasion. For as the FIFA President often remarks, “football began with the clubs. One of them, Real Madrid, was even one of the seven founding members of FIFA.” Sheffield FC received the FIFA Order of Merit in 2004.

引用元(FIFA)

上記のFIFAの公式サイトにも記載されているように、3年前の2004年には、FIFAから功労賞も与えられている。

シェフィールドFCは、FIFA(世界サッカー連盟)が世界で一番古いサッカークラブだと公認していることからも、この一例をもってして、イングランドが近代サッカーの母であることを物語っていると言っても過言ではないだろう。

世界で最初のサッカークラブであると自認しているシェフィールドFCの公式サイトにはこのように堂々と書いてある。

【クラブ名】:SEFFIELD F.C.(シェフィールドFC)

【設立】:1857年

sheffield.fc

引用元:http://www.sheffieldfc.com/

 

・OFFICIALLY RECOGNIZED BY FIFA AND THE FA AS THE WORLD’S FIRST FOOTBALL CLUB

 

・FIFA(国際サッカー連盟)とFA(イングランドフットボール協会)に公式で認められた世界で一番最初のサッカークラブ、という意味だ。

続けて、公式サイトのヒストリーにもこう書いてある。

There are records of earlier forms of football being played in China that date back almost 2000 years; and a form of the game was enjoyed in ancient Greece and Rome. However it was in England that this sport was to take shape and become the game the world now recognizes as football.

2000年ほど前に中国で最初のサッカーの原型のような形で楽しまれていた記録はある。他にも古代ギリシャやローマでも同様に楽しまれていた。しかし、現在のようなサッカーとして世界に認知されたゲームになったのは、イングランドが初めてである。

中国や古代ギリシャ、古代ローマでも同様にサッカーのような遊びが存在していたことは認めながらも、それが現在のサッカーに発展していったのは、イングランドである。

世界最古のダービーマッチ

1860年には、シェフィールドの近郊に、世界で2番めに古いとされるハラムFCというサッカークラブが創設され、同じ年にライバルチームとして初めてのダービーマッチが行われた。

【クラブ名】:HALLAM F.C (ハラムFC)

【設立】:1860年

 

hallamfc2

引用元:https://www.hallamfc.co.uk/

 

ともにアマチュアチームでありながら、このダービーマッチが、世界で一番古いダービーマッチとされている。

そして、現在もシーズンが始まる前のプレシーズンマッチとして、世界最古のダービーマッチは、継続して開催されている。

ハラムFCの公式サイトでもアナウンスされているが、2016年も8月2日に156回目となるダービーマッチが開催される予定だ。

1888年に初めて、サッカーのプロリーグが設立される

1863年にFAというフットボール協会が作られて以降、サッカーは急速にイングランドを中心に発展していった。

1860年末には、イングランド全域にサッカーが普及をし始め、様々なクラブが誕生した。

市民の娯楽として、教会やパブ、企業を母体としたクラブ、会社の従業員が集まって作られたクラブ、同じ学校の卒業生によるクラブなど、様々なクラブが作られFAに登録した。

1888年には、12のクラブがプロ・リーグである「フットボール・リーグ」を設立し、チャンピオンシップを開催することになったのだ。

最初に参加したクラブの中には、アストン・ヴィラ、ブラックバーン・ローヴァーズ、中田英寿も所属したこともあるボルトン・ワンダラーズ、エバートンFC、ストーク・シティFCなどは、日本でも馴染みのあるクラブだろう。

翌年の1889年には、早くも2部リーグ(下のカテゴリー)がつくられた。1890年にアイルランドリーグ、1891年にはスコットランドリーグがそれぞれ誕生している。

世界最古のカップ戦

世界で一番古いトーナメント大会が、FAカップだ。イングランドのサッカーファンにはお馴染みだろう。

1871年が、最初の大会だ。最初の決勝戦では2000人程の観客が集まったが、その観客数もうなぎのぼりとなり、1901年にはなんと11万人を超える観客が集まったと言われている。それほど急速にイングランド全域で、サッカーの人気は高まっていった。

もちろん、現在もFAカップは存在しており、あのマンチェスター・ユナイテッドとアーセナルが最多優勝回数12で並んでいる。(2016年7月現在)

現在は、エミレーツ航空が2015年から3年間のスポンサー契約を結んでおり、「エミレーツFAカップ」という大会名で開催されている。

世界で最も古いトーナメントマッチであるFAカップは、145年の時を経てなお、イングランドの重要な大会として位置づけられていることは間違いない。

イギリスから世界中に近代サッカーは広まっていった

イングランドで生まれた近代サッカーが、ヨーロッパ全域やアジア、アフリカ、南米など世界中に急速に広まったのは、イギリスで起きた産業革命によるところが大きかった。

産業革命により、イギリスの船乗りや商人たちが世界中に飛び立ち、様々な国でサッカーを広めたことで、色んな国でサッカークラブが誕生し、フットボールを通じた交流が行われるようになったのだ。

近代サッカーの誕生と、産業革命がちょうど同じ時代に巡りあい、世界中にフットボールが広まっていったのだ。
 

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カルチョの国、イタリアの説

イタリアにもあった独自のボールゲーム、カルチョ・ストーリコ

フットボールを「カルチョ」と呼ぶ国がある。イタリアである。

多くの国では、FOOTBALLをFOOT(足)とBALL(ボール)と分解して、それぞれの国の呼び名で呼んでおり、基本的にはフットボールを基本にしている。

しかし、イタリア語では、サッカーのことを「Calcio」(カルチョ)と呼ぶ。元々、「蹴る」という動詞を名詞の形にしたものだ。

実は、中世時代に、すでにイタリアには、「カルチョ・ストーリコ」と呼ばれる祭りに欠かせない競技が存在していた。

カルチョ・ストーリコは、イタリアのフィレンツェを発祥の地としており、中世から行われていたようだ。

現在でもお祭りに欠かせない行事の1つとして行われており、観戦者は有料でチケットを購入して観戦を楽しむことが出来る。

1チーム27人で試合時間は50分。相手のゴールにボールを投げ込むと得点が出来る。このゲームの特徴として、相手を蹴ったり、殴ったり、頭突きを行ったり、いわゆる格闘技のようなプレーが認められているため、ボールとは全く関係のないところでは、1対1でファイトしている人が多いのだ。

【こうしてボールのないところでは格闘技をしている】

つまり、サッカー的な要素に加えて、格闘技の要素も多分に含まれている球技といえる。

【戦いに力尽きた者は運ばれていく】

イタリアで最初に出来たサッカークラブ、ジェノア1893(ジェノアCFC)

イギリスから渡った船乗りたちによって持ち込まれたサッカーは、イタリアの南部の港町で楽しまれていた。

イタリアで最初のサッカークラブは、当時イタリア北部の港町ジェノバに在住していたイギリス人によってつくられた「ジェノア1893」というクラブだった。

現在は、チーム名は「ジェノア CFC」となっており、「CFC」の「C」は、クリケットのことを指している。当初は、クリケットと陸上のみのクラブだった名残で、今でもクリケットを指す「C」の文字が、クラブ名に残っているのは意外に知られていない。

これはイタリアのクラブでもとても珍しいことである。このジェノアCFCは、あのカズこと、三浦知良選手が1994年にアジア人として初めてイタリアに挑戦した時のクラブとしても日本人には有名だ。

ジェノアは、2015/2016年シーズンはイタリアのセリエA(イタリアの1部リーグ)で10位でフィニッシュしている。2016/2017年シーズンもセリエAで戦うことになっている。

イタリアには、イングランドと違って、「カルチョ・ストーリコ」が近代サッカーに発展していったという証拠となるようなものは残されていないようだが、確かにボールゲームとしてのカルチョ・ストーリコは存在していたのは間違いないようだ。

足球(ズーチュウ)の中国説

サッカーの起源と言われる球技の、もっとも古い記録が残っているのは中国だ。

紀元前3000年に、蹴鞠(けまり)を作って軍事訓練に利用したという話が古い本に残されている。

以下は、FIFAのホームページより抜粋したもの。

On the contrary, apart from the need to employ the legs and feet in tough tussles for the ball, often without any laws for protection, it was recognised right at the outset that the art of controlling the ball with the feet was not easy and, as such, required no small measure of skill. The very earliest form of the game for which there is scientific evidence was an exercise from a military manual dating back to the second and third centuries BC in China.

FIFAの公式文書にも書いてあるので、一番古いボールゲームが行われていた証拠が中国であることをFIFAは認めている。

一部のメディアでは、FIFAのブラッター会長は2004年7月、北京で開かれた中国国際サッカー博覧会で「近代サッカーの起源は中国の蹴鞠であり、後にエジプト、ギリシャ、ローマ、フランスに伝わり、最後にイギリスに辿りついた」と語ったと伝えている。

ただ、イタリア同様にこの中国でのボールゲームが、近代サッカーに発展していった記録というものは残っていない。

一説によると、中国の「蹴鞠」がアジア、アフリカ、ヨーロッパと世界各国に広がっていく中で、イギリスにわたり、そこでサッカーに発展していったとも言われている。

Switchのまとめ

よく言われる「サッカーの起源」だが、「起源」を辞書で引いてみると、【物事の起こり、始まり、源】と書いてある。

確かに、イングランドもイタリアも中国もボールを扱っていたという点では、近代サッカーとの類似点であることは間違いなく、どれもが近代サッカーの原型とも言える。

その意味で、あながちどの説が正しくて、正しくない、ということは一概には言えない。

ただ、イングランドは、1863年に近代サッカーが誕生してからわずか数年で、FAという組織を作り、20年弱という短い時間で、プロリーグの設立まで行ってしまった。

そして、産業革命という時代の波に乗り、あっという間にサッカーというコンテンツが世界に広まっていった一連の流れは、歴史が物語っている。

サッカーの起源は、中国かも知れないが、近代サッカーの礎となったのは、間違いなくイギリス(イングランド)ではないだろうか。

サッカーの原型がイギリスでFAの設立とともに発展し、産業革命の恩恵を世界中の人が受ける形で、サッカーがこれだけ世界No1のスポーツに成長していった。

そういう意味では、イギリスのお陰で今日のフットボールライフがあると言えるでしょう。

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FOOTBALL SWITCH ブログ部

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昭和後期生まれ。アラフォーに片足突っ込んでますが、フットサル楽しんでます!2016年7月からこのブログを始めました!サッカーを中心に、「わかりやすく、楽しく」をモットーに書いています!


【初めての観戦シリーズ】

Jリーグは、93年開幕前のプレーシーズンマッチ。浦和レッズ対横浜フリューゲルス。日本代表は、サムライブルーならぬ、サムライレッドの定期日韓戦。(90年初頭の代表ユニは、赤だったのです)。海外の試合は、スタディオ・オリンピコにて、ローマ対レッジーナ。初めてのW杯は、テレビは90年イタリアW杯。この時のコロンビア代表が好きだった。生観戦は02年日韓W杯でイタリア対メキシコ、続けて日本対トルコを観戦。続く、06年もドイツで観戦。18年ロシア行きを企み中。。。


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