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【フットサル日本代表新監督ブルーノ・ガルシア】ベトナムの英雄的名将とは?

 2016/10/21 フットサル この記事は約 11 分で読めます。

10月20日、ミゲル・ロドリゴ監督が退任してから不在になっていたフットサル日本代表監督の座に、新監督就任のニュースが流れました。

スペイン人監督、ブルーノ・ガルシアさん!

つい先日、コロンビアで開催されていたフットサルワールドカップで、ベトナム代表を初のベスト16に導いた指揮官なんです!

最大のゴールである2020年ワールドカップに向けて、フットサル日本代表は、新たな指揮官とともに新しい時代へ向かうことになります。

新監督に就任したブルーノガルシア監督ってどんな人なのか、調べてみました!!
 

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ブルーノ・ガルシア監督の前の日本代表監督とは?

ブルーノ・ガルシアさんのことについて書く前に、簡単に前日本代表監督についておさらいしてみます。

ブルーノ・ガルシアさんは、スペイン人監督ですが、その前もミゲル・ロドリゴさんという同じくスペイン人の方でした。

 

2009年~2016年まで日本代表の監督を務められました。
以下、ミゲル・ロドリゴ監督の簡単なキャリアです。

ミゲル・ロドリゴの経歴

91-92年シーズンで現役を終えた後、22歳の若さでスペイン3部リーグのバンコ・デ・グラナダで監督してのキャリアをスタート。 主にスペインリーグの2部リーグのチームで指揮を取った後、国内にとどまらず、イタリアやロシアの1部リーグでも経験を積んだ。 スペインで最後に指揮をしたのは、カハ・セゴビア。2005-2006年シーズンには、1部リーグのカハ・セゴビアをプレーオフに導く。その後、自身も最優秀監督に選ばれる。

2009年には、日本代表監督に就任。2012年のタイで開催されたワールドカップでは、カズを日本代表に選出し、マスコミの注目も集めながら、同時に日本を初のベスト16へと導く結果を残す。 また、それまでなかったフットサルの指導者ライセンス制度の創設などにも寄与するなど、幅広く日本のフットサル界に貢献しました。また、2012年と2014年のAFCフットサル選手権では、初めて連覇を達成しています。

2016年コロンビア開催のワールドカップには、残念ながら準々決勝でベトナムに破れ、5位決定戦でもまさかの敗戦。その後、日本代表監督を退任。(そのベトナムを指揮していたのが、今回代表に就任したブルーノ・ガルシア監督でした。)

しかし、優れた指揮官にはオファーがすぐに届きました。タイ代表からでした。3月で日本代表を退任したミゲルは、半年後のワールドカップで、タイ初となるベスト16進出という素晴らしい結果を出しました。日本代表を退いても変わらず、素晴らしい監督ですね。

 

簡単に前日本代表監督のミゲル・ロドリゴ監督について、書いてみました。

ミゲル・ロドリゴは、日本代表監督に就任した初めてのスペイン人だったのですが、それ以前はサッポというブラジル人監督でした。

ミゲルに続いて、ブルーノガルシアもスペイン人ですので、日本代表としては、しばらくはスペインの流れをくみそうです。

マメ知識

ちなみに、今回日本代表のコーチに就任した鈴木隆二氏は、国内ではファイルフォックや府中アスレチックス、名古屋オーシャンズでプレーした後、スペインに渡っています。

スペインでもプレーする傍ら、指導者としても沢山の経験を積まれています。

スペイン語も問題ないでしょうから、監督の参謀して期待せずにはいられませんね!

 

ブルーノ・ガルシア監督とは?


スペイン、ガリシア州ラ・コルーニャ出身。1974年 6月6月生まれ。42歳。

◎選手歴

<サッカー>
1988-1989 クラブ・ガリシア・デ・カランサ(ジュニアユースリーグ)

 

1989-1991 クラブ・ガリシア・デ・カランサ(ユースリーグ)

 

<フットサル>
1995-1997 フェロール・オ・パルウーロ(スペイン2部)

 

1997-1999 ボアンダンサ・フェネ・FS(スペイン2部B)

 

◎指導歴

<フットサル>
1998-1999 フェロール(下部組織)テクニカル・ディレクター

 

1999-2000 フェネ・エソル・ボアンダンサ(スペイン2部)コーチ、アシスタントコーチ

 

2001-2002 フェネ・エソル・ボアンダンサ(スペイン2部)監督

 

2002-2003 コンスン・フェネ・ボアンダンサ(スペイン2部)監督

 

2003-2004 フェロール・オ・パルウーロ(スペイン2部)監督

 

2004-2006 コルドバ・ピナール(スペイン2部)監督

 

2006-2007 ポンテペドラ(スペイン2部)監督

 

2007-2011 アスカル・ルーゴ(スペイン1部)監督

 

2011-2012 グラナダ(スペイン2部)監督

 

2012-2013 長春市風雲(中国)監督、杭州浙江ドラゴン(中国)監督

 

2013         フットサルペルー代表 監督

 

2015-2016  タイソンナムFC(ベトナム)監督

 

2015     AFCフットサルクラブ選手権イラン2015 第3位

 

2014-2016  フットサルベトナム代表 監督

 

2014         AFCフットサル選手権ベトナム2014 ベスト8

 

2016         AFCフットサル選手権ウズベキスタン2016 第4位

 

2016         FIFAフットサルワールドカップコロンビア2016 ベスト16

出典:www.jfa.jp

 

ブルーノ・ガルシアは、近年アジアのフットサル界で存在感を見せ続けてきたベトナムの象徴的な存在でした。

 

2014年にベトナムにやってきた彼は、ベトナムの名古屋オーシャンズともいえる、ベトナム初のプロフットサルクラブである「タイソンナム」を率いました。

同時に、ベトナム代表監督も兼任しました。ほとんどのベトナム代表が、タイソンナムのメンバーだったからです。

通常、代表監督は、それぞれ所属の異なる選手をセレクトして、限られた時間の中で、やりくりをしなければなりません。

しかし、ベトナム代表は、クラブレベルでのトレーニングが、そのまま代表チームの強化に繋がるという短期的な側面では幸いといえる、環境がありました。

 

アジアの中でフットサルクラブのNo1を決める大会、AFCフットサルクラブ選手権で2015年に3位入賞。

続く、2016年のワールドカップ出場権をかけたAFCフットサル選手権では、準々決勝で歴代最強との呼び声が高かった日本にPK戦の末、勝利。ベトナムとしては、初のワールドカップ出場を決めました。

 

W杯では、イタリア、パラグアイ、グアテマラと同じグループになり、初戦のグアテマラには、4-2と勝利し、見事ワールドカップ初勝利を挙げました。

続けて、パラグアイとイタリアには敗れたものの、なんと最後のワイルドカード1枚を手にし、見事ベスト16に進出を決めたのです。

ベスト16では、今大会の準優勝となるロシアに力の差を見せつけられ、7-0で大敗。負けはしましたが、それでも初出場でベスト16は見事でした。
もちろん、ブルーノ・ガルシアは、ベトナムに来る前は、スペインでさまざまなクラブの監督を歴任した後、ペルー代表監督や中国のクラブでも結果残してきた人です。

2011-2012年には、スペインで最も優秀な監督に送られる、『ラモンコボ賞』を受賞もされています。

ベトナムとは2017年までの契約があったのですが、おそらく日本を含む様々なところからのオファーがあり、その中で日本を選んだのではないか、と推測されます。

スペイン国内にとどまらず、ペルー、中国、ベトナムなど様々な国でフットサルの発展、普及にチャレンジしてきたブルーノ・ガルシアさんにとっては、日本代表監督のオファーもまた、挑戦的なものに写ったのだと思います。

 

現在、スペインのバルセロナでフットサルのコーチを務める、Watanabe Kenさんは、twitterでこのようにツイートされています。

 

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新しい時代に歩み始めた日本のフットサル

本来であれば、フットサル日本代表は、2016年9月にコロンビアで開催されたワールドカップで、前回のベスト16を超える成績を目標に戦っているはずでした。

幸いにアジアの国々に与えられたW杯の切符は、5枚もありました。

しかし、勝利すれば、ベスト4に進出できるベトナム戦に破れてしまいます。

続けて、5位決定戦でもキルギスに敗れ、コロンビアへの道は断たれました。

実質、日本のW杯への道は、ベトナムによって断たれたといっても過言ではなかったはずです。

 

以下の動画は、その準々決勝でのベトナム戦の動画です。

相手ベトナムの指揮官は、今回日本代表監督に就任したブルーノ・ガルシア監督です。

日本にとっては悲劇的な、それでいてベトナムにとっては念願の、両国にとってまさに歴史的な試合だったと言えます。

 

辛いですが・・・是非みてください(涙)

SWITCH的まとめ

フットサルにもFリーグという、サッカーいうところのJリーグのような、トップリーグがあります。

2007年に始まったFリーグですが、今年で早いもので10年目に入りました。

サッカーという世界的なスポーツの中にあるJリーグですら、決して順風満帆な歩みではなく、紆余曲折を経て少しずつ日常の中で、サッカーやJリーグがなくてはならない存在に成長してきていることを感じます。

 

Jリーグですらそんな状況の中、当然フットサルはもっと厳しい環境があります。

Fリーグでは、プロのチームは、名古屋オーシャンズだけです。ほとんどの選手はフットサルに関わる仕事や他の仕事をこなしながら、Fリーグでプレーを続けています。

もちろん、フットサルは後発のスポーツですので、実業団のような企業の後ろ盾もありません。

 

ようやくテレビでもワールドカップの放送がされるようになったのは、2012年のワールドカップの大会からだった記憶があります。

本来であれば、カズがフットサルの日本代表に呼ばれて、ワールドカップに出場するということは、あり得ないことです。

フットサルへの注目が少しでも高まれば、という思いだけだったのではないでしょうか。

前監督だったミゲル・ロドリゴやカズ、そして関係者が協力し合いながら、フットサルというスポーツの注目度をあげようと努力した結果でした。

そのように関係者が手と手を取り合いながら、フットサルの発展に尽力されています。

 

そういう意味で、2016年のワールドカップの出場権を獲得できなかったことは、日本のフットサル界にとって計り知れない損失でした。

フットサルの代表チームが盛り上がって、それをFリーグに還元したい、という目論見が全て崩れてしまったのです。

そんな失意を乗り越えようと、日本は前に進んできました。

そして、ついに、ベトナムに希望と夢を与え続けてきたブルーノ・ガルシア監督が、日本代表監督の就任が発表されたのです。

2020年のフットサルワールドカップの開催地はまだ決まっていませんが、愛知県を中心に日本は招致を行っています。

もしかすると、2020年に日本でフットサルのワールドカップが開催されるかもしれません。

日本のフットサルは新たな時代に向けて、歩み出しました。

これからの日本のフットサル、Fリーグの活躍に期待したいと思います!

 

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FOOTBALL SWITCH ブログ部

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昭和後期生まれ。アラフォーに片足突っ込んでますが、フットサル楽しんでます!2016年7月からこのブログを始めました!サッカーを中心に、「わかりやすく、楽しく」をモットーに書いています!


【初めての観戦シリーズ】

Jリーグは、93年開幕前のプレーシーズンマッチ。浦和レッズ対横浜フリューゲルス。日本代表は、サムライブルーならぬ、サムライレッドの定期日韓戦。(90年初頭の代表ユニは、赤だったのです)。海外の試合は、スタディオ・オリンピコにて、ローマ対レッジーナ。初めてのW杯は、テレビは90年イタリアW杯。この時のコロンビア代表が好きだった。生観戦は02年日韓W杯でイタリア対メキシコ、続けて日本対トルコを観戦。続く、06年もドイツで観戦。18年ロシア行きを企み中。。。